ロヒンギャ迫害の扇動者「仏教のビンラディン」を操る“黒幕”の正体

By Chihiro Imaizumi | Published by Courrier on November 15, 2018 敬虔な仏教国ミャンマーで、ロヒンギャ迫害を扇動する過激派の仏教徒集団「マバタ」。組織のカリスマ的な指導者で、「ミャンマーのビンラディン」の異名をとる怪僧アシンウィラトゥを取材し、この惨劇の裏で糸を引く「黒幕」の正体を探った。 殺戮の「協力者」 「兵士たちの他に、殺戮に加担した者がいる。奴らは大人だろうが子供だろうが容赦なく殴り、女たちを暴行した。そして我々の家に火を放ち、すべてを焼き払った」 2018年6月、筆者はバングラデシュにあるロヒンギャの難民キャンプを取材した。 2017年8月25日にミャンマー西部ラカイン州で、同国の治安部隊がロヒンギャを激しく弾圧したことは記憶に新しい。 国連をして「教科書に載るような民族浄化」と言わしめたこの事件をきっかけに、約72万人のロヒンギャが隣国バングラデシュのコックスバザールに逃れ、難民となった(以下、この出来事を「8.25」と記す)。 あれからすでに1年たつが、この人権侵害行為に対するミャンマーの人道的な責任は追及されておらず、ロヒンギャは依然として劣悪な環境の難民キャンプで先の見えない生活を送っている。 取材中、「我々の身に起きたことを世界に伝えてほしい」と多くのロヒンギャたちが迫害の詳細を話してくれた。そのときに誰もが冒頭のように、治安部隊による殺戮の「協力者」について言及した。 仏教僧と地元のラカイン人である。 僧は軍部と結託してイスラム嫌悪を煽り、ラカイン人は治安部隊とともにロヒンギャに暴力をふるったという。 非暴力を訴えるはずの僧が民族浄化に手を貸し、一般市民が兵士とともに少数民族を暴行する──もし真実ならいったい何が彼らをそのような凶行に駆り立てたのだろう? ロヒンギャ問題の背景に広がる闇と過激派の仏教僧を取材するため、2018年6月に危機の火元であるミャンマー訪ねた。 収容所のような生活 ミャンマー西部ラカイン州は、九州本島とほぼ同じぐらいの面積で、西はベンガル湾に、北はバングラデシュ国境に接している。同州はロヒンギャのホームランドで「8.25」の惨劇の舞台でもあるが、多数派を占めるのは少数民族のラカイン人だ。州都シットウェは、いかにも東南アジアの田舎町というさびれた雰囲気で、経済成長の熱に浮かされた最大都市ヤンゴンとの格差に驚かされる。 シットウェでは、「8.25」の発端ともいえる事件が6年前に起きている。 2012年の6月と10月に、ラカイン人とロヒンギャの大規模な武力衝突があったのだ。シットウェの街には破壊された家屋や焼き討ちにされ廃墟化したモスクなど、当時の傷跡がまだ生々しく残っている。 政府の公式発表によれば、これによって192人が犠牲になり、「治安維持」という名目で大勢のロヒンギャが複数のキャンプに移送された。ミャンマーではロヒンギャは「ベンガル系の不法移民」という扱いを受けており、約12万8000人のロヒンギャがいまだにこのキャンプに「収容」されている ロヒンギャたちに話を聞くため、シットウェ郊外にある彼らの村を訪ねた。 住民の暮らしぶりはいかにも貧しく、周囲をジャングルに囲まれた荒れ地に竹で造られた簡素なあばら家がぽつぽつと並んでいる。 空をさくバリバリという音が頭上から聞こえて来たので見上げると、上空を黒光りするヘリコプターが旋回していた。毎日ミャンマー軍が見回りにやってくるのだという。 案内してくれたロヒンギャの青年は、2012年の暴動前はシットウェ大学で植物学を学んでいたそうだ。 「ここに暮らす多くの人が敷地の外に出ることも、仕事を見つけることも、学校に行くこともできず、毎日を無為に暮らしている」と話す彼の目もまた虚ろだった。 惨劇の裏で糸を引く「黒幕」 取材中に多くのロヒンギャが口にしたのが、地元ラカイン人とロヒンギャとの対立の裏には、「黒幕」がいるということだった。 「2012年6月の暴動は、イスラム教徒が仏教徒の女性を強姦し、殺害したことがきっかけで起きたと言われています。でもそれは、ラカイン人が作り出した『噂』に過ぎません」 ロヒンギャの女性ヤスミン(29、仮名)は、2012年の暴動が起きる前はシットウェでロヒンギャを支援する国際NGOに勤めていた。 「暴動が起きる少し前、あるグループが会合を開いていたのが多くの人に目撃されています。彼らは同じTシャツを着て、ナタなどの武器を持っていましたが、暴動の際に同じナタを見たという人が何人もいました。仏教僧はあのとき大量の火炎瓶を私たちの家屋に投げつけました。すべて、我々を排除しようとしている黒幕が仕組んだことです」 だが、地元ラカインのジャーナリストであるウーコンサンリーは、この説をあっさりと否定した。彼はむしろ2012年の暴動も「8.25」もロヒンギャが仕組んだことだと主張し、その証拠だと言って反イスラムグループが運営するフェイスブックページを見せてきた。 そこには殺人やレイプ、強盗といったロヒンギャの仕業とされる「悪行」の数々が投稿されていた。 「8.25」の掃討作戦に仏教僧やラカイン人が加担したという話についてどう思うかと彼に尋ねると、「誰か見た者がいるのか? ベンガル人か? 奴らこそラカイン人を殺した!」と取り付く島もない。 ひとつだけ確かなのは、2012年の衝突から6年たったいま、ラカイン人とロヒンギャの亀裂はさらに深まっているということだ。両者に「ラカイン人とロヒンギャの間に交流はあるのか」と問うと、どちらも2012年以降は途絶えていると答えた。 2つのコミュニティは断絶しているにもかかわらず、相手を中傷し危機感を高める根も葉もない噂ばかりが蔓延している。そして、人々は噂の真偽を確かめることなくそれらを盲目的に信じ込んで拡散させている。噂はさらなる憎悪を生み、人々を暴力に駆り立てる。ヤスミンのいう通り、惨劇の裏で糸を引く「黒幕」は存在するのだろうか。 「スーチーは国民をないがしろにしている」 シットウェにあるマハーボディー僧院のオッタマ(37)は穏やかな雰囲気といい、理知的な受け答えといい、僧侶と聞いて思い浮かべる典型的なタイプだ。気さくで温和な人柄で、信者からの信頼も厚いという。 だが、話がロヒンギャのことになると、オッタマは途端に冷静さを失い、饒舌になった。 「ベンガル人(ロヒンギャのこと)が迫害されているとは思いません。彼らは不法にこの国にやってきているにもかかわらず、我々のルールを守らない。そのうえ暴動を起こし、多くの犯罪を重ねている。特に女性に対する性暴力はひどい。我々の文化を破壊し、仏教を辱めている。我々ラカイン人は彼らを快く思っていません」 だが、オッタマは実際にロヒンギャが暴動を起こす現場を見たことはなく、イスラム教徒の知り合いもいないという。ではなぜロヒンギャが暴力的だとわかるのか? そう問うと、彼は「愛読書だ」と言いながら何冊かの薄いパンフレットを見せてくれた。「国家と宗教保護のための委員会」(通称マバタ)の広報誌『ターキートゥエー(釈迦族の血)』である。 これに、ベンガル人は危険だから仏教徒女性は気をつけるようにといった「注意喚起」や、ベンガル人は不法移民でモスクを違法に建設しているから破壊すべきだといった「提言」が書かれているという。 これはヘイトスピーチではないか? と問うと彼はそれを否定しこう続けた。 「イスラム教はいまや世界中に蔓延しています。マレーシアやインドネシアでもかつては仏教が信じられていたのに、いまはイスラム教徒の国になっている。世界中で『イスラム化』が進んでいるなか、ミャンマーでも同じことが起きることを我々は懸念しています。マバタはイスラム教徒に対して正しい考えを持っているのです」 聡明な彼に目を輝かせながらそう断言されると、反論するのも憚られる。 オッタマは中央政府と国家顧問であるアウンサンスーチーには何の期待もしていないという。 「アウンサンスーチーが政権に返り咲いてから、ラカインの経済も市民の生活も何も改善されないどころか、さらに悪くなるばかりです。彼女はいつも外国のプレッシャーに屈してばかりで、国民をないがしろにしているし、仏教に対しても尊敬の念がない。正直、我々には新しい指導者が必要だと思います」 スーチーの代わりにオッタマがいま信頼を寄せているのがマバタというわけだ。彼をこれほどまでに惹きつけるマバタとはいったいどんな団体なのだろう? 「ミャンマーのビンラディン」を訪ねて ミャンマー中部に位置する国内第二の都市マンダレー。空港まで迎えに来てくれたガイドが、運転しながらスラムのような場所を指してこう吐き捨てた。 「我々だってほかの少数民族だってこんなに貧しい。なぜ野放図に子供を産むムスリムだけを、国際社会は助けろと言うんだ?」 反イスラムのデモにも頻繁に参加しているという彼によれば、市民のなかには国連や海外NGOの支援がロヒンギャだけに集中していることに大きな不満を感じている人も多いという。そんな彼らの心の支えになっているのが、マバタと呼ばれる過激派の仏教徒集団だ。 マバタの前身は969運動と呼ばれる反イスラム活動で、それを牽引し頭角をあらわしたのが、「ミャンマーのビンラディン」ことアシンウィラトゥ(50)である。 ウィラトゥの武器はミャンマー民主化後に解禁されたSNSだ。彼は、殺人、性暴力、テロなどイスラム教徒の犯行だとする凶悪事件をフェイスブックに次々とポストし、イスラム教徒の経営する店での不買運動を扇動した。 また、「イスラム教徒は金に物を言わせて仏教徒女性を犯し、子供を産ませて我が国を『イスラム化』しようとしている」などと説法で語り、ユーチューブを使って拡散した。貧困層を中心に多くの人がこの過激な主張に心酔し、彼のホームページには2017年末の段階で26万5000万人のフォロワーがいたという(現在は削除)。 マバタの台頭に危機感を感じた「サンガ・マハ・ナヤカ(通称マハナ、高位の仏僧で構成される政府監督下の仏教組織)」は2017年3月にウィラトゥ氏の1年間の説法禁止を、2017年5月にはマバタの名称を使った活動の停止を命じた。 さらに、2018年2月には、ロヒンギャ問題を助長しているとして、フェイスブック社がウィラトゥのアカウントを削除。だが、ウィラトゥの勢いは衰えることを知らず、2018年10月にはヤンゴンで開催された軍事集会に参加し、ロヒンギャを擁護する国際社会を痛烈に批判した。 ウィラトゥの僧院へ 情報筋によるとウィラトゥは最近、海外で遊説活動をする以外は講師として働いている「新マソーイェイン僧院」のあるマンダレーにいることが多いという 新マソーイェインは、教典研究に定評のある僧院で、広い敷地内には30棟ほどの建物が立ち並ぶ。なかにはロンドンのビッグベンのような時計塔もあり、まるで新興宗教施設のような異質な雰囲気が漂っていた。 ここで10歳前後の子供たちから青年までの僧・尼僧およそ3000人が修行生活を送っている。 僧院のなかに進むと、井戸のすぐそばに思わず目を覆いたくなるような遺体の写真が無数に掲示されていた。過激派によるテロなど、イスラム教徒が世界中で起こしたとされる陰惨な事件の展示だった。 訪れた午前10時頃は授業中だったようで、土曜日であるにもかかわらず朗々と仏典を読み上げる声が聞こえてくる。 やがて、授業が終了したのか、大勢の修行僧たちが表に出て来た。まだ小さな子供から青年、そしてピンクの僧衣をまとった尼僧で敷地内はごった返し、快活な笑い声が響く。あの物々しい看板がなければ、普通の学校と雰囲気は何ら変わりない。 この僧院で学んでいるというヤンゴン出身の修行僧ピンニャナーダー(25)に英語の練習をしたいので、話し相手になってくれないかと声をかけられた。人権を専門に学んでいるという彼に僧院での生活はどうかと尋ねると、「この学校は講師がすばらしい方々ばかりで、どんな質問に対しても真摯に答えてくれる。ここで学べて嬉しい」と話す。 「マバダの教えについてはどう思いますか?」と問うと、一瞬、困惑したような表情を浮かべた。そして、マバダの思想はあまり気にしたことがないと、はぐらかすような答えが返って来た。 ウィラトゥの秘書兼広報を務めるナインウェイトン(50)に、マバタを取材するために日本から来たと告げると歓待され、ウィラトゥの1日の典型的なスケジュールを教えてくれた。 ウィラトゥは、早朝に起きて6時半頃に昼食をとり、瞑想などをした後に9時から10時半まで青年僧たちのクラスで授業をする。その後夕食を取り14時から16時半頃まで、再び講義。仏教僧はいっさいの生産活動を禁じられているため、ナインウェイトンは、車の運転からブドウの皮むきまでウィラトゥのありとあらゆる世話をしているという。 その日、ウィラトゥは僧院の成績優秀者への表彰式に出席するというので会場に向かうと、すでに200人ほどの出席者が集まっていた。 「日本からマバタの取材に来た」と言うと、信者たちはやはり筆者をおおいに歓迎してくれて、昼食まで振る舞ってくれた。 ふと、同席していた女性たちが身に着けている大粒の宝石が目についたので、職業を尋ねるとひとりは元文部省の職員で、もうひとりは翡翠業者だという。貧困層から富裕層まで、マバタの支持基盤の幅広さがうかがえる。 「日本も気をつけたほうがいい」 開始時間が近づくと、次々とマバタの僧がやってきてステージ上の席についた。ウィラトゥの姿も見えた。幹部のなかでは下っ端のため、すみの方に座り長老たちの説法に耳を傾けている。 顔をくしゃくしゃにした子供のような笑顔を浮かべて隣の席の僧侶たちと談笑する姿は、「怪僧」のイメージとは程遠い。 式典が終了すると、在家者たちはウィラトゥのもとへ殺到。記念写真をねだられる様子は、まるでアイドルのようだ。 筆者もその輪に近寄り、「日本から来た記者で、ロヒンギャ問題について話を聞きたい」と話しかけてみる。すると突然眼光が鋭くなり、ウィラトゥは筆者に向かってこう言った。 「気をつけたほうがいい。日本でもイスラム化が始まっている。日本にもすでにどこかの小都市にベンガル人がいるはずだ」 確かに、日本にも群馬県館林市にロヒンギャの人々のコミュニティがある。どうやら彼は世界中のロヒンギャの居住地を把握しているらしい。筆者の心にも「イスラム化」に対する危機感を植えつけたかったのだろうか? マバタと軍部、そして中国の深い仲 ウィラトゥが車に乗って去った後、秘書のナインウェイトンがマバタがこれから建設する予定の学校のパンフレットを見せてくれた。 同校は貧しい信者の子供を受け入れるため、学費、食費、学用品などの費用をいっさい無料にするのだという。パンフレットの関係者リストには、文部省の役員のほか、退役軍人が名を連ねていた。マバタは、貧困者の支援に少なくとも年間10万ドル(約1135万円)を費やしているそうだ。 マバタのこの豊富な資金を支えるのが、大勢の在家者によるお布施、そしてミャンマー軍だ。 ミャンマー軍幹部の家に生まれながら、ロヒンギャを支援している人権活動家のマウンザーニー氏は、マバタと軍部の間には太いパイプがあると指摘する。 ウィラトゥは2003年にイスラム教徒に対する暴力事件を主導した罪で一度逮捕され、25年の実刑を受けている。だが、2011年に発足したテインセイン政権が多くの政治犯に恩赦を与えた際に出所。そこからウィラトゥの反イスラム活動はさらに本格化するが、それを可能したのが軍部による資金援助だったという。 では、なぜ軍部はマバタを支援することにしたのか。その目的は、民衆の関心を「あること」からそらすためだったとマウンザーニー氏は説明する。 軍事政権時代、西側諸国がミャンマーに経済制裁をするなか財政的な支援を続けていた国がある。中国だ。 国営通信社「新華社」によれば、中国は1988年の軍事政権時代から2014年までに150億ドル(1兆7000億円)以上をミャンマーに投資したという。 だが、両国の経済的な結びつきが深まる一方で、ミャンマーの市民は反中感情を募らせていった。彼らにとって、中国政府は圧政を続ける軍をサポートし、中国企業は過剰な開発で自分たちを搾取する存在だったのだ。 ところが、こうした反中感情はマバタの出現によって反イスラム感情に変化していったとマウンザーニー氏は話す。 さらに“絶妙のタイミング”で、前述の通り2012年にロヒンギャとラカイン人の武力衝突がシットウェで起きた。この事件に後押しされ、反イスラム運動はミャンマー全土に拡大していく。 マウンザーニー氏は、「一連の反イスラム運動は、反中感情を払拭するためのミャンマー軍の策略であり、さらにその背後には中国の存在がある」と主張する。 日本ができることは 米コロンビア大で社会学を研究するサスキア・サッセン教授も、ロヒンギャ問題にはミャンマーの富を吸い上げようとする経済的な関心が根底にあると英紙「ガーディアン」で述べている。 ラカイン州は豊富な天然資源を有しており、地理的にも国際的な貿易港になりうる場所にある。だが、ヤンゴンからのアクセスの悪さや治安の問題から、インフラ開発はなかなか進んでいなかった。そんな同州の資源開発に軍事政権時代から目をつけてきたのが、やはり中国だ。 2018年4月にはラカイン州から中国雲南省までをつなぐパイプラインが開通し、中国は中東からの原油を輸入するルートを手に入れた。この事業に中国政府は24億5000万ドル(約2782億円)を投じたと言われており、こうした巨額の資金がミャンマー政府やラカイン州政府を通じてマバタに流れているとマウンザーニー氏は指摘する。

Burmese activist speaks out for the Rohingya

By Noriko Okada | Published by NHK on November 15, 2018 “Ask yourself, if you saw your wife raped and your father shot dead in front of your eyes, if your little 6-month old boy was burned alive in front of your eyes…would you like to be told that you need to go back?” Those are the words of Maung Zarni, leader of a global network of activists supporting the Rohingya refugees who have fled Myanmar for Bangladesh. Speaking at a news conference in Tokyo last month, he accused Myanmar and Bangladesh of making a premature plan to repatriate the refugees

Forced return of Rohingya crime against humanity

World screaming foul at the Bangladesh-Myanmar bilateral repatriation scheme scheduled to begin Thursday By Maung Zarni | Published by Anadolu Agency on November 15, 2018 *The writer is a coordinator of strategic affairs for the Free Rohingya Coalition and co-author of ‘The Slow Burning Genocide of Myanmar’s Rohingya’ (2014) LONDON From the Red Cross to the United Nations High Commission for Refugees, with the principal mandate for refugee protection, the world is screaming foul at the Bangladesh-Myanmar bilateral repatriation scheme scheduled to begin on 15 November, today. The International Committee of the Red Cross’ Robert Mardini based in Myanmar told